「 甲斐いちのみや大文字焼き」は江戸時代にお盆の送り火として行われていた祭りを約150年ぶりに復活させた笛吹市一宮町のお祭りです。
日 時 令和8年8月16日(日)(荒天順延の場合は17日に順延)
16:00~ 交通規制開始
16:10~ オープニング/Supar Zunライブ
16:50~ YURIKAライブ
17:30~ Palette Gardenライブ
18:10~ 甲州戦記サクライザー キャラクターショー
18:50~ 開会セレモニー
(音花火打ち上げ 会場・大久保山)
挨拶 古屋正英
(甲斐いちのみや大文字焼き実行委員長)
祝辞 山下政樹 (笛吹市長)
神宮司正人 (笛吹市議会議長)
19:00~ 盆の送り火セレモニー
19:20~ 甲州戦記サクライザー キャラクターショー
20:00~ 太鼓演奏(山梨県立笛吹高校すいれき太鼓部)
(花火打ち上げ 会場・大久保山)
20:30~ 商工会抽選会
21:00~ フィナーレ(花火打ち上げ 会場)
21:30~ 交通規制解除
会 場 イベント いちのみや桃の里ふれあい文化館前
大文字点灯 大久保山中腹
花火打ち上げ 大久保山・いちのみやふれあい文化館裏
駐車場
いちのみや桃の里スポーツ公園駐車場・グラウンド
(満車の場合は中学校校庭にも誘導)
事務局(問合せ先)
甲斐いちのみや大文字焼き実行委員会事務局
笛吹市役所一宮支所
〒405-0073 笛吹市一宮町末木807-6
TEL 0553-47-1111
FAX 0553-47-1119
※
平成29年から点火はありません 。電気の点灯のみとなります。
大文字焼き由来
古来、中国から伝来された仏教行事のひとつ盂蘭盆(うらぼん)。祖先崇拝が強い日本では、以前から行われていた祖先供養の行事に、この盂蘭盆(うらぼん)が加わり、日本独特の「お盆」へと変化を遂げてきました。
8月13日に、迎え火を燃やし、祖先の霊を我が家に迎え、
15日、または16日に送り火を燃やし、祖先の霊を黄泉(よみ)の国(くに)へ送ります。
今では、夏の風物詩として定着している大文字焼きですが、その起源や由来は謎に包まれています。
一説には、如意ヶ岳(にょいがたけ)の麓(ふもと)にあった浄土寺(じょうどじ)が火事になった時、阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)が山頂に飛来し、光明を放ちました。
その光明をかたどって火祭りを行ったのが始まりで、後に弘法大師(こうぼうだいし)が
その光を大の字にあらためたといわれています。
甲斐いちのみや大文字焼きの歴史(案内チラシより)
毎年お盆の8月16日の夜、大久保山の中腹で行われている大文字焼きは、元々は奈良・平安時代より旧暦7月16日のお盆に、大文字山(大積寺山)で「大」の字形に祀火を焚いた精霊送りの行事です。
大文字焼きは、かつては柏尾山(勝沼)の鳥居焼、笈形山(春日居・御室山)の笈形焼、奈良原山(八代)の竿形焼(錫杖焼)と並ぶ峡東四大火祭り(精霊送り)の一つとして行われていました。
その起源は定かではありませんが「各々火を拳ぐ山相対して争い競うが如し最も古き習俗なるべし」と『甲斐国志』に記されています。
笛吹市は、古代から中世にかけて甲斐国の政治的中心地でした。精霊の送り火を焚いた大文字山(大積寺山)や柏尾山・笈形山・奈良原山は、古代の役所があったところから見て、東西南北に位置しています。これらの山々には各々、奈良時代の国分寺との関係が深かった大積寺(廃寺)、大善寺、長谷寺、建久寺(廃寺)という古代の山林寺院があり、役所近くに立つ国分寺付近から眺めると丁度良い位置にあることから、これらの山(寺院)が精霊の送り火の場所に選ばれたと考えられます。
元々の甲斐の大文字焼きは、江戸時代まで行われたようですが、一度途絶えていたものを昭和63年に約150年ぶりに復活させたものが今日の大文字焼きです。
場所こそ大積寺から手前の大久保山中腹に移されましたが、峡東四大火祭りのうち唯一、盆の送り火として8月16日の夜に行われ、夜空を照らす大文字は、甲府盆地の夏の風物詩として定着しています。